ITエンジニアの契約形態の1つです。Twitterや口コミサイトでは「スキルが身につかない」「ブラック企業ばかり」と、SESの評判はあまり良くありません。その一方で、あえてSESを選ぶ少数派のITエンジニアもいます。
SESは客先常駐する10年近く客先常駐で働いた現役ITエンジニアから聞いたSESのメリット、デメリット、SESの優良企業の見分け方やSES企業を避ける方法を紹介します。SESがよくわからない人、SESという働き方に興味がある人はぜひ参考にしてみてください。
システムには多くの機密情報が含まれているため、自社勤務よりも客先常駐をするITエンジニアが圧倒的に多いです。特に最近はセキュリティが厳しいので、元請けの大手Slerでも、客先常駐するITエンジニアがたくさんいます。
常駐先のプロジェクトの規模が多いと、複数の企業からITエンジニアが派遣されます。実は同じプロジェクトで似たような仕事でも、派遣元の企業が違うと契約内容が違うことも珍しくありません。
まずは、ITエンジニアの客先常駐で誤解されやすいSESや派遣、請負の契約内容の違いを理解することからはじめましょう。
SES(システムエンジニアリングサービス)とは、顧客にITエンジニアの労働力を提供する契約形態です。労働力には、システムやインフラの開発・構築・保守・運用が含まれています。
SESの契約形態をざっくり説明すると以下になります。
SESと似たような契約形態に派遣があります。派遣といっても、パソナやアデコなど人材派遣会社に登録する一般派遣ではありません。IT企業に正社員で入社して、プロジェクト単位で客先常駐する働き方です。一般派遣と区別するため、特定派遣や常駐型派遣と呼ばれています。
「労働時間で報酬をもらう」「成果物の納品義務がない」。この2つはSESと派遣で違いはありません。SESと派遣の違いは、業務指示者です。派遣契約のITエンジニアに対して、顧客は残業や休日出勤など業務指示を出せます。しかし、SES契約のITエンジニアには、顧客は業務指示を出せません。業務指示を出すと偽装請負と呼ばれる法令違反となります。
SESや派遣ほど多くないものの、客先常駐には請負と呼ばれる契約形態もあります。請負の特徴を簡単に説明すると以下になります。
SESと請負の違いは、成果物の納品義務です。請負は成果物を納品しないと報酬がもらえません。ITエンジニアの場合だと、成果物はシステムやソフトウェアになります。そのため、請負契約では、いくら働いてもシステムやソフトウェアを完成させないと報酬は入ってきません。
一方、SESや派遣は労働力を時間で提供しているので、システムやソフトウェアの完成責任はありません。働いた分だけ報酬が入ってきます。
私の夫は2008年に印刷営業からITエンジニアにキャリアチェンジし、10年近く複数の企業で客先常駐した経験があります。SESで働いた経験が何度もあるので、SESのメリットを夫に聞いてみました。
SESのメリットの1つに、同業他社から好条件で引き抜きされて、年収アップの転職に成功することがあります。
常駐先が大規模なプロジェクトだと、複数のIT企業から何十人ものITエンジニアが派遣されています。所属会社はそれぞれ別でも、朝から晩まで一緒に働くので、お互いの人柄やスキルをよく理解できるそうです。数か月に一度しか会わない自社の上司や同僚よりも、親しみが湧きやすいのだとか。
大手カード会社や大手キャリアなど大企業のプロジェクトには、中小のIT企業だと人事権のある役職付きのITエンジニアがSESで客先常駐することも少なくありません。うちの夫はこれまでに何度か転職していますが、きっかけはすべて同じプロジェクトで働く別会社の人事権のあるITエンジニアからのスカウトです。
スカウトだと、今いる会社より良い条件を提示してくるケースがほとんど。また、転職サイトや転職エージェントと比べて、自分が有利になる条件で年収交渉しやすいそうです。うちの夫に限らず客先常駐では、引き抜きはよく聞く話なので、SESはうまく利用すれば決して悪い働き方ではないと思いました。
数のプロジェクトを渡り歩くので、「様々な技術が自然と身につく」ことも、SESで働くメリットの1つ。
複うちの夫は、Linuxやネットワークを専門とするインフラエンジニアです。しかし、あるプロジェクトでWindowsサーバーに触れる頻度が増えたため、それを機にMCPのWindows Server 2012の資格を3つ取得しました。当時、在籍していた企業では資格手当があったので、退職まで毎月の給料に6000円の資格手当が上乗せされていたそうです。
また、2016年4月から働く現在の常駐先では得意なインフラだけでなく、開発業務にも携わるようになったので、OracleやPythonに触れる機会も増えたと話しています。複数のプロジェクトを渡り歩き、様々な技術に触れることで業務を通じて勉強できることもSESのメリットでしょう。
正社員とフリーランスのいいとこどりできるところもSESのメリットです。SESは、基本的に客先で働くため、自社に戻る機会は滅多にありません。せいぜい、社内研修や交流会ぐらいでしょう。月に1度自社に行けばよい方で、入社以来ほとんど自社に行く機会のない人も珍しくありません。そのため、自社勤務にありがちな業務外の仕事を振られることはありません。フリーランスのように契約範囲内の業務に専念できます。
正社員なので交通費や社会保険など福利厚生があり、プロジェクトが終了して、自社に戻ってもよほどのことがない限り解雇はされません。自宅待機になっても100%給料を支給する会社も多いです。SESはフリーランスと正社員のいいとこどりができるので、うちの夫からすれば世間で言われるほど悪くない働き方です。
もちろん、SES契約を結ぶフリーランスのITエンジニアもたくさんいます。彼らから見るとまた別の意見があるでしょう。
ここからは、夫がSESで働いて感じたデメリットを紹介します。
SESのデメリットは、未経験者はスキルが身につきにくいことです。積極的に未経験者を採用するSES事業を行うIT企業も少なくありません。しかし、未経験者は採用されても、スキルがないので常駐できる案件がそう多くありません。
開発SEで採用されたと思ったら、インフラの監視やヘルプデスクなどスキルを必要としない常駐先に配属されることもよくある話です。実際にうちの夫も、未経験で入ったときはインフラの監視業務の現場に配属されました。スキルを身につけるため、一度SES企業を退職し、自社開発の企業に転職して今に至ります。
求人票に「研修制度あり」と書かれていても、高度なスキルが必要な案件は経験者ばかり常駐させて、未経験者にまともな教育をするSES企業はそう多くありません。
新卒や未経験者が技術を身につけるなら、新人教育をしっかり行う大手Slerやシステム受託開発企業に入社することをおすすめします。
SESでよくあるトラブルが、顧客がSESの契約内容を理解していないことです。SES契約のITエンジニアに、顧客が業務命令を出すと偽装請負となります。しかし、実際にはSESや派遣と契約内容に関係なく、顧客が業務命令を行うケースがほとんどです。法令違反を避けるために下記契約を結ぶことがあります。
B社とC社は派遣契約なので、法律上はB社がC社に業務命令を出さなければなりません。しかし、実際には顧客A社がB社を飛び越えて、C社に業務命令を出します。法律違反を避ける目的で、間にB社を挟ませているものの、実際にB社のITエンジニアは誰も常駐していないこともよくあります。
B社のITエンジニアが客先常駐しても、A社からすれば、B社もC社も同じプロジェクトで働く下請け企業です。特にA社が一部上場クラスの大企業だと人柄良い人が多いので、B社とC社に対してあからさまな下請け扱いはしません。同じプロジェクトで働くパートナーとして対等に接してくれます。そのせいか、下請けのC社がSESと派遣の契約の違いをA社に指摘すると、「同じプロジェクトで働く仲間なのに水臭いことを言うな」と不快に思う人も少なくありません。
契約の違いを知らないので、顧客が何の悪気もなく法令違反を犯してしまいがちな点がSESのデメリットといえます。
40代になると常駐先が、30代よりも選べなくなる点もSESのデメリットでしょう。日系企業だと、自分より年上のITエンジニアに業務指示を出すことに抵抗を覚える人少なくありません。実際に、年上は扱いづらいという理由ですぐに契約を解除したり、自分より年下のITエンジニアしか採用しなかったりする常駐先もあるようです。
そのため、40代以上のITエンジニアが採用されやすい客先は、必然的に下記のいずれかに限定されるケースが多くなります。
年収が上がりにくいところもSESのデメリットの1つ。SESは時間労働で報酬がもらえます。成果物の納品責任がないので、請負と比べて報酬は低く設定されがちです。
IT業界のプロジェクトは多重構造であることほとんど。下記を例に、エンジニア1人当たりの1か月の作業費が300万円だったときに、下請け企業が受け取る金額を見てみましょう。
中間マージンが発生するので、多重構造の下にいけばいくほど、受け取る金額が少なくなります。正社員だと、所属企業が社会保険費や研修費など人件費を負担します。社員1人あたりの人件費は年収の1.5~2倍。上の例でいくと、三次請け企業に所属するITエンジニアの給料は50万円前後になると思ってください。
うちの夫曰く、「二次請け、三次請けの正社員SESだと給料の上限は70万円」だそうです。転職なしで、SES企業で年収をあげる方法は、経営陣や営業になるぐらいだろうと話していました。
IT業界に限らず一般的に大手企業は中小企業と比べて、待遇が良い傾向にあります。SES事業を行う大手企業も少なくありません。
上記会社は、SES事業を行う優良企業として知名度があります。しかし、SESは賛否両論の分かれる働き方なので、必ずしも大手が良いとは限りません。最後に優良な客先常駐企業の見分け方を紹介します。
自宅待機中でも100%給料を保証する会社は優良企業と判断してよいでしょう。SES企業は、ITエンジニアを客先常駐させることで顧客から利益を得ています。常駐するプロジェクトがないITエンジニアを抱えていると会社に1円も利益が入ってきません。しかし、正社員なので会社は給料や社会保険料を支払う義務があります。
人件費を削る目的で、自宅待機中のITエンジニアに6割の給料しか出さないSES企業も少なくありません。給料の減額は生活に大きな影響を及ぼします。面接の際に自宅待機中の給料は100%出るのか必ず聞きましょう。自宅待機中の給料を100%保証する会社は、社員の人件費を惜しまない優良企業といえます。逆に減額する会社は、人を大切にしない企業と判断してよいでしょう。
内定後に常駐先が決まる前に正式な雇用契約を結ぶSES企業は、優良企業といえます。SES企業は社員を常駐させないと会社の利益にならないので、中途採用でも内々定しか出さない企業も少なくありません。内々定とは、企業と求職者が正式な労働契約を結ぶ前の状態のことです。口頭で入社の約束をしただけで、正式な雇用契約は結んでいません。
SESで客先常駐する場合、所属企業の面接とは別に、常駐先の顧客企業と面接を行います。顧客企業の面接を通過しないと客先常駐はできません。余分な人件費を払うのを避けるために、内々定を出しても常駐先が決まるまで、あえて正式な雇用契約を結ばないケースもよく聞く話です。まともな会社は、常駐先が決まる前に正式な雇用契約を書面で結んでくれます。「常駐先が決まるまで雇用契約は保留」と言われたら、その企業の入社はあきらめて別の企業を探したほうがよいでしょう。
何度かSESを経験して、「次の転職先は絶対に自社開発がよい」と思う人もいるでしょう。自社開発の求人は、リクナビNEXTやdodaなど転職サイトで「自社開発」で検索すると簡単に探せます。検索結果に表示された求人票を見て、次の特徴に当てはまれば、自社開発の企業だと思ってよいでしょう。
自社開発企業の特徴
自社開発を行う企業でもSES事業を取り扱う場合もあります。ホームページや求人票の事業内容に、あえて「エンジニア派遣事業」の記載しないケースも少なくありません。SES事業を取り扱う企業に入社すると、最初は自社開発を行う部署にいても、将来、社内異動で、SESで客先常駐となる可能性もあるでしょう。
どうしてもSESを避けたい場合は、転職サイトではなく転職エージェントを使って転職活動をすることをおすすめします。
SESは、「給料が安い」「長時間労働でブラックだ」と何かと評判の悪い働き方です。しかし、SESで働く人間から話を聞くと悪いことだけでなく、次のメリットもあります。
メリット
メリットだけでなく、以下のデメリットも知っておくべきでしょう。
・ユーザー企業が契約内容を理解していない
・40代になると常駐先が減る
・年収が上がりにくい
デメリット
SESは正社員でも、待遇の悪い会社だと自宅待機中は給料が減額されるケースも少なくありません。自社開発や元請けの大手Slerと比べて不安定な働き方であるものの、複数の現場を経験できて、様々な技術に触れることはできます。常駐先が選べる30代までならSESで働くのも悪くないでしょう。