一昔前は会社に就職するという考え方が当たり前でした。就職したら定年までその会社まで勤めあげる、その過程の中で転勤は当たり前というのが一般的でした。
しかし、その常識は崩れており、転勤を求める会社はもはや時代遅れになりつつあります。
では、なぜそうなのか、またそもそも転勤をさせるような労働設計になるのか、転勤を労働者が拒絶する理由と照らし合わせながら考察、説明していきたいと思います。
そもそもなぜ会社は従業員に対して転勤をさせるのか、その背景、理由をまずは押さえていきましょう。
会社が転勤を求める背景、理由は主に以下の6点です。
転勤をさせるということは従業員に対して社内の色んな人と仕事をさせることができ、なおかつ会社の色んな顔を知る機会を創出することができます。
また、仕事ができる人には相応の仕事をさせることができるように、できない人には新しいチャンスを与えるためなど人材の有効活用やモチベーションアップの手法としても有効でした。
また、会社の自浄作用もあり、適正な事業運営にも繋がっています。
このように、就職=生涯まで勤めあげる終身雇用の時代においては、会社に身を預けて、また、会社側としては人材の有効活用という観点で、また適正な事業運営にも繋がることから転勤は問題がありながらも機能していたと言えるのです。
そもそも、転勤は労働者にとって負担が大きい、家庭を持てばなおのことそれが顕著です。そのため、基本的には転勤は歓迎されていませんでした。
しかし、バブルが崩壊し、会社が従業員の雇用を守れなくなり、終身雇用という考え方が徐々になくなりました。
また、給与の伸び幅などもさがり、夫婦共働き家庭も増えてきてそんな中で転勤となると、配偶者の転勤についていけない家庭も増えてくることになります。
また、転職エージェントの存在が当たり前となり、簡単に転職ができるようになりました。
そのため、転勤が嫌だから転職して転勤のない会社に行きたいということも可能になった時代を迎えることになったということが言えます。
一昔前は、転職により家族帯同、お子さんの年齢がある程度経過したら単身赴任というのが当たり前でした。
しかし、上述でも触れたように、この常識はもはや崩壊しているといっても過言ではないです。
事実、転職エージェントに転職相談をする転職希望者においては、男女問わず、結婚を理由に転勤のない会社に行きたい、勤務地を変えたくないという転職理由は当たり前のように聞かれます。
また、遠隔地での採用を会社が希望しても「嫁ブロック」、すなわち奥さんを理由として勤務地が合わないからと内定の受諾しないということも往々にして見られます。
家族にとって転勤とは確実に受け付けられないものとなっています。
結論から言えば、転勤拒否は以下の場合を除き、不可能です。
雇用契約書においては、勤務地を書く、また転勤の有無についてを明示しないといけません。
また、あからさまな嫌がらせ、退職を促すための転勤や、家が介護や育児のタイミングで転勤となった場合はこれを拒否できるというのが法律の見解となっています。
しかし、結論からいえば、この法的な考え方は事実上あまり機能していないのが現状です。
なぜなら、ある証券会社で起きていたこととして、結婚、出産、家を立てるといったライフイベントが発生した後は、転勤の対象者となるという事実です。
一説によれば、結婚、出産し、転勤をさせたら他の業界より年収の高い証券会社の従業員は会社を辞めるにも年収を下げにくくなります。
また、家を建てたらローンの返済に充てないといけなくなるので、辞めるに辞めれない状況になるため転勤させやすいという理由でこのような無慈悲な転勤をさせるというものでした。
また、実際結婚、出産後の転勤というケースは決して珍しいことでもありませんでした。ちなみに、この事実は金融業界において非常に多い事例です。
以上のようなことがこれまでまかり通っていたという事実からも、この法律における抑止力は低いと考えていただいて良いでしょう。
また、仮に転勤を拒否した場合は出世やその会社での立場も悪くなります。場合によっては懲戒処分を受けることも想定されます。
すなわち、転勤を拒否するということは、会社を辞めるくらいのか覚悟が必要となるということを認識しておいたほうが良いといえます。
なお、転勤を言い渡されたら退職をしていいのかという議論はありますが、こちらについては結論として問題はありません。
会社の退職規定に基づき、退職の1か月前までに伝えれば、原則退職は可能であり、転勤や異動を理由とする退職をしてはいけないルールはありません。
もし、国がそんな法律を作るのならば、職業選択の自由に反するような憲法違反です。
つまり、転勤が嫌なら、会社規定に沿って会社を辞めるというのが最も最適な方法であると言えるのです。
さて、転勤に関しては上述でもお伝えしたように、不満の原因であったものの、終身雇用が成立していたからこそ継続できていたという側面がありました。
しかし、終身雇用制度はもはや崩壊しており、転勤は退職理由として成立している現状にあります。そんな状況に対して、国家は問題視しており、2017年3月に、厚生労働省は「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」という資料を作成、公表しました。
ここには、転勤は労働者にとって負担を強いるものなので転勤のあり方について考えてくださいという内容を記しています。働き方改革を推進している国家においては、事実上夫婦共働きを推奨しています。そんな中で転勤が発生してしまうと、転勤となった方の配偶者の退職を意味することになります安定して働く環境がなくなってしまいます。
それは働き方改革の趣旨に反することになりますので、企業で当たり前に発生している転勤の常態化をなくしたいというのが国家の考えと言えます。
また、民間企業においても転勤をなくす動きは進んでいます。実際、損保大手のAIG損害保険は、2019年の4月から、全国転勤を原則として廃止する旨発表しました。
リクルート就職未来研究所2019年卒学生調査の調査などからも転勤を希望しない新卒学生が6割を越え、優秀な新卒学生を採用する足かせになっている、また優秀な従業員の定着においても足かせになっているという事実を受け、同社はこのような決断をいたしました。
以上の点で、国の方針からも、また労働者における労働、ライフスタイルにおいてのニーズももはや転勤制度は時代の潮流から外れているという事実があります。
そのため、AIG損害保険のような動きはこれから加速していくものと想定されます。転勤を断るのは労働者のわがままであるという時代では無くなってきているのです。
転勤はかつて、日本企業にとってあたりまえの制度で、労働者の不満はあったものの、出世の花道であったこと、終身雇用と転職が当たり前でなかった労働市場において何とか維持成立していた制度です。しかし、もはやその時代は終わりました。
今日において、夫婦共働きで、働くことが、家庭の維持、強いては国家の経済維持という観点からも求められる時代と変貌をとげています。
また、終身雇用、年功序列型賃金の原則も崩れ、自らの専門能力でキャリアを作るジョブ制の働き方が当たり前になってきています。すなわち、会社に定年まで勤めあげることが前提である転勤制度は時代に合わなくなっているのです。
そのため、転勤は嫌、家族と同じ場所で生活したい、地元で働きたいというのはわがままではない、当然の権利になりつつあるのです。
もちろん転勤は悪いことばかりではありません。転勤を経験することで得られる知見はたくさんありますし、若いうちに転勤を経験することにより色んな方に出会うことができます。
ただ、それ以上にデメリットを多く抱えているのも事実です。
とはいえ転勤がなくなるから働きやすくなったかといえばそういうわけではありません。
転勤や異動があることで、転職をせずとも社内で適正配置を考えてくれ、あらゆるチャンスを与えてもらっていたこともまた事実です。
それが社内で叶わなくなった以上、会社外に自らが輝けるような場所を探さなければならなくなりますので、より自らのキャリア形成をしっかり行わないと食べていけなくなっているのも一方で事実としてあります。
加えて、働き方改革においては個人の生産性というのは求められており、高い生産性を産み出せない方は必要とされなくもなります。
昔みたいに会社にぶら下がっていればなんとかなるような時代でもなくなったということも改めてしっかり認識しておきましょう。