税務のスペシャリスト、税理士。国家資格であり、弁護士・司法書士・社会保険労務士・土地家屋調査士などと並んで8士業の一つです。一般的にはなかなか関わることがない職業ですが、企業経営をする上ではなくてはならない存在だと言えるでしょう。
しかし昨今では、会計ソフトやAIの普及で税理士の将来性を不安視する声が上がり始めています。
なぜIT化の影響が税理士に関係するのか、また本当に今後、税理士の仕事はAIなどに取って代わられてしまうのか。
税理士の現状がどのようになっているのか、現実を確認してみましょう。
税理士は国が納税の義務として定めている、各種税金のスペシャリストです。主な業務としては、以下のようなものがあります。
クライアントの代理として確定申告などの納税業務を行います。
納税に関する書類を代理で作成します。
納税に関する相談に対応します。
会計帳簿の記帳を代理で行います。
このように税金に関する相談を受付け、収入などの金額から適正な納税額の算出などの税務を専門的に扱うのが、税理士の主な職務です。
上記の税理士業務を見て分かる通り、基本的には計算や書類作成の業務が多い仕事だと言えるでしょう。税務に関わる相談にも応じていますが、打ち合わせ以降は収入や支出計算といった数字的な管理、算出を行えば書類作成の流れです。
昨今「税理士の将来性が危うい」と言われている理由としては、この『書類仕事が多い』傾向の業務が問題視されている所以と言えます。一体どういうことなのか、次項で説明していきます。
そもそもなぜ税理士の将来性が危ぶまれるようになったのでしょうか。それは2014年に発表されたオクスフォード大准教授、マイケル・A・オズボーンの『雇用の未来──コンピュータ化によって仕事は失われるのか』という論文にあります。
コンピュータ化が進むことによって、米国内における仕事にどれほどの影響を与えるかを検証する内容の論文です。これによると、コンピュータの普及によって「現金出納係、計算係」また「事務員や行政支援者」といった業務に関わる仕事が、今後コンピュータに取って代わられるリスクが高い仕事の一種として挙げられているのです。
これらの業務に税理士も当てはまるのではないかということで、今後税理士の仕事はコンピュータの領域になり、失業者が増えるのではないかと言われるようになったようです。
実際に昨今では多数の会計ソフトが開発され、AIやRPAを導入する企業が増えています。これまで税金の専門知識がない一般の人にとって、納税手続きや税金対策などは複雑極まりなく、会社の規模が大きければ大きいほど、専門家に頼らざるを得なかったものです。
しかし、会計ソフトの登場で納税手続きは分かりやすくシステム化され、ただ指定の欄に該当する金額を入力すればいいという簡単なものに変わりつつあります。ソフトさえ購入すれば自分で納税手続きができるのですから、敢えて高い料金を払ってまで、税理士に依頼する必要もないと判断する人が増えてきているのです。
更にクラウド会計ソフトなども流通し始め、ユーザーとしては自分の企業規模などに合わせて選択できる余地が生まれました。こうして利用者が安価な選択肢に流れていくことで依頼が減っていけば、税理士の料金も合わせて下げなければ依頼は減る一方となるでしょう。収入が下がれば資格を取ろうという人材が減るのも仕方がありません。
このようにして、税理士としては負の連鎖が起こっているという現実があります。
それに加えて、中小企業の経営が厳しいと言われている情勢も続いています。ただでさえそんな状況の中、2020年からの新型コロナ(COVID-19)蔓延による緊急事態宣言の発令といった影響で、中小企業の多くは経営難により、倒産するところも増えています。
大企業は顧問の税理士を抱えていたり、自社で税務を担う部署を設けているところも多く、個人事務所などは地元の中小企業からの依頼で運営を行っているところは少なくないと思われます。税理士もつられるようにして、仕事の減少に拍車をかけています。
IT化に中小企業の倒産などによるダブルパンチで仕事の減少。となれば、あとは業界として衰退を待つだけ…と結論づけるしかないのでしょうか。ここで上項で挙げたマイケル・A・オズボーンの論文の話にもう一度戻ります。
論文では今後、コンピュータ化の波に飲まれてしまうリスクがある職業として、「パターン化しやすく単純な作業、数値化しやすい領域」の仕事であると論じています。税理士の仕事は出納管理の上で納税額を算出し、書類を作成する業務が多いと言いましたが、たしかにこれはコンピュータ化のリスクが高い業務であるのは間違いありません。
しかし、同論文では逆に「創造的知性・社会的知性」を要する仕事がコンピュータ化のリスクが低い領域としています。「創造的知性」は芸術関係のほか、問題解決のため方法を想像する業務。「社会的知性」は洞察力・交渉・説得・他者への支援とケアに関わる業務です。
税理士は納税に関する相談にも応じています。また、会計業務にも関わっているので、税金の知識を活かして、財務や経営などの領分にも参入している方が増えているのです。持っている知識をコンピュータ化のリスクが少ない領域、「創造的知性・社会的知性」に柔軟に対応することで、絶望的に見えた業界の将来性も見えてくるのではないでしょうか。
コンピュータ化の波に飲まれそう…だからといって、黙って飲まれてやる義務はありません。むしろ、「コンピュータはまだ人間的思考に追いつくことはできない」とマイケル・A・オズボーンの論文でも言われている通り、人間でしか処理できない領域というものが確かに存在しています。
その領域で勝負をすれば、IT化の波に飲まれてしまうことなく、むしろ発展可能であると言えます。
AIはまだ人間によってプログラミングを行った領域でしか、正確に作業を行うことはできません。RPAについては複雑な事はできず、単純な入力や計算作業に留まっています。あくまでAIやRPAは「ツール」でしかありません。
AIやRPAに単純な書類作成業務を任せて、税理士はクライアントの相談に対応すれば、時間削減や労働負担の軽減が見込めます。コンピュータを上手く使って作業の効率化を図れる税理士が、今後残っていく時代になっていくのではないでしょうか。
会計ソフトやAI・RPAといったツールによって、今後、税務申告などの手続きは税理士の手から少しずつ離れていくのかもしれません。それらの業務に固執していては、仕事は目減りしていく事は想像にかたくありません。
それでは今後、税理士はどのような分野で活躍していくことになるのか…。
実は既に、コンサルティングファームといった分野に参入している税理士が増えてきています。
税理士としての経験と知識で、これらそれぞれの分野に特化したコンサルティングを行うのも、また一つの選択肢として考えてみてはいかがでしょうか。
今後も国民や法人に対する納税の義務はなくなることはありません。確かに書類上の納税の手続きは素人でも簡単手軽に行える時代になってきました。
しかし、通り一遍の作業は行えても、例えば節税や、相続に際して発生した相続税、また資産運用などは素人には難しく悩みのタネは尽きません。
こんな時に相談できる専門家が居れば!とは誰もが日々感じていることだと思います。
税理士は、今後そんな時に相談できる存在として重宝される時代になってくるのではないでしょうか。時代の波に乗って臨機応変に対応できる税理士であれば、将来性にまったく不安はないと思います。