午前10時にオフィスに戻ると、泣いている同僚がいた。「どうした」と尋ねたら、「レイオフにあったの。今日で、みんなとお別れよ」という。こんなことが、私が働いていたニューヨークの職場ではよく起きた。
アメリカでも、多くの企業で、ユニオン(労働組合)が存在する。企業とユニオンの間には、ユニオンコントラクト(労働組合契約)が存在し、ユニオンに加盟している人を、レイオフ(解雇)にできない企業が多い。
1980年初頭、大手航空会社が「ユニオンメンバーのパイロットをレイオフにするな」というストライキにあい、当時の金額で100億円以上もの損失を出したことがある。それ以来、その会社では、ユニオンメンバーのレイオフを辞め、また、他の航空会社もそれに続くことになった。
「レイオフされるのが、ユニオンに入っていないスタッフのみなら、全ての人がユニオンに入ればいいじゃないか」と言われるかもしれない。だが、ユニオンに入ると出世ができないというデメリットがある。
課長、部長、取締役と、社内で出世を狙いたい人はユニオンに入ることはできない。出世は必要ないので、職を守りたいという人がユニオンの保護下にはいる。
レイオフされるときは、朝に呼び出され「今日の5時で仕事を終わりにして、明日から来ないでください。給与は引き続き○○週間分払うので、訴訟などを起こさないという誓約書にサインをしてください」と用紙とサインペンを目の前に置かれる。その日で仕事終わりとさせるのは、恨みを持った人を働かせるのは危険だから。
レイオフを言い渡されたら、その場で、すんなりとサインをし、ある期間、給与をもらい、それが切れたら、さらに失業保険をもらいならが、次の仕事を探す。
アメリカでは採用の際に、必ず複数のリファレンス(昔の職場の上司など、仕事面で、その人物のコメントをしてくれる人)リストを求められる。
雇用する側は、その人達に連絡を入れ、その人物が職場でどのような仕事ぶりだったかを調べる。そこで、ネガティブ・コメントがでると、採用されない。「レイオフのときにもめた」などというコメントは致命傷となる。
レイオフは、仕事ができないがためになるとは限らない。業績悪化によって、経費を削減するとき、「今回は、$○○に相当する経費を浮かさなくてはならない。丁度、この人の給与がその額に当てはまる」などという理由でされることもある。
採用する側は、そうした事情を理解しているので、以前の会社を辞めた理由など尋ねない。また、尋ねると、訴訟されたりすることもあるので、尋ねられない。だから、レイオフされたからといって、引け目を感じることはない。
アメリカで働いていれば、いつレイオフされるかわからないから、備えが必要。そのために、人材バンクに登録をしている人が多くいる。
企業側も、レイオフをしなくても、人は様々な事情で辞めていくので、補充していかなくてはならない。その場合、経費はかかるが、人材バンクに依頼したほうが、間違いないスタッフを採用できる可能性が高い。それゆえ、アメリカでは、人材バンクはとても大きな産業となっている。
アメリカの子供たちは、学生時代に、将来、“あの職のスペシャリスト”になりたいという目的を決め、それになるための勉強をする。大学は職業訓練所としての役割を果たし、卒業と同時に、スペシャリストとして職につける人材を育てる。
例えば、ホテルを目指している生徒は、学生時代に、インターンとして、800~2000時間もの仕事を経験しているので、卒業と同時に、働くに十分な能力を備えている。
それゆえ、会社は学生を“新卒”とみなし、一から仕事を教えるなどということはしない。採用された学生は仕事始めからスペシャリストとして働く。人材バンクに登録するときも、スペシャリストとして登録し、自分の技能を必要としてくれる企業からの誘いを待つことになる。
もちろん、面接で高い評価を得られないと、採用されないので、面接での自己表現能力に磨きをかけておくことが必要なのは言うまでもない。また、書類審査を通り抜けるために、優れた履歴書を作成できなければならない。これらの訓練をしてくれる専門家のレッスンを受ける者もいる。
だが、スペシャリストとしての経験では勝負に勝てない“就職難の時代”が来ることもある。
リーマン・ショックのあと3年間ぐらいは、そうした時期が続いた。その時に、役立つものは“資格”。当時、看護師の資格を取るために、看護師学校に通う若者が多くでた。もちろん、就職難とは関係なく、仕事をしながら学校に通い、“資格”を取得した後に、転職していく者も多くいる。
「そうしたくても、日々の仕事が忙しくて、できない」などという場合には、日々の仕事が忙しくない職場に転職し、学校に通える環境を整える。仕事は自分の未来を開拓するためにある。仕事のために自分があるわけではないのだから、未来を潰してしまう組織の犠牲になることはしない。
このように、アメリカに暮らす人々は、学生時代に自分の適正にあった職を探し、それに必要な知識と経験を社会に出るまでに身につける。会社は、学生をスペシャリストとして採用し、それ以外の仕事をさせることはない。
各自、スペシャリストとしての経験と知識を深めることで、自分の価値を高め、高給&好待遇をもとめてステップアップしていく。多くの場合、勤務している会社のポジションは詰まっているので、他の会社へと移動して上のポジションを掴むことになる。ここに教育と社会組織が組んでスペシャリストを育てる仕組みを見ることができる。
彼らにとって大切なのは、日々の生活を充実させるための仕事と、未来を豊かなものへと導く職歴。
それゆえ、楽しくない仕事をすることはないし、会社のために自己犠牲を払うこともない。この姿勢を可能にしているのは、自己犠牲を強いる組織を許さない法律と、自分が持つスペシャリストとしての価値。
彼らは会社に依存するのではなく、自分の能力に依存し、会社が倒産しようとも、困り果てる自分を作らない。会社で働く目的は、給与を払ってくれる組織への貢献と、自分の能力に磨きをかけて自分の価値を高めるという、2点にある。
転職活動をするときは、自分が得意とする能力を使う仕事を求めて動く。もし得意とする能力が見つかっていない人は、一度立ち止まり、自分の適性を見つけることから始める。必要と思ったら、年齢など考えず、資格を取得するための学生にもなる。人生においては、“何事もおそすぎることはない”と考えられない人は負けとなる。
優れた企業は優れた人材を欲している。そして、優れた能力は人によって千差万別。自分の優れた能力を売り込み、それを利用してくれる企業に雇われることが、お互いに最高の利益を享受できる状態を生み出す。この考えを持てず、ただお金を稼ぐためだけに、会社から与えられた仕事をこなす日々は、将来を不安へと導く過程となる。
働いている時間が自分の能力を伸ばす時間となっている状態を作り出すことこそ、転職の成功例と言える。
次回は、アメリカで働く人々の日々の労働時間が短いにもかかわらず、大きな収入を可能にしているシステムを説明したい。